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Thursday, February 15, 2007

in asahiyama zoo





年末年始にかけて訪れた札幌と旭山動物園の現像が上がりました。
ですのでブログアップ。

だが!! 今だ3本中の1本フィルムが見つかっていなぁ~い。
その行方不明のフィルムが一番動物園を撮っていたのに...(泣

仕方ないか~... しゃ~ないよねぇ~...
って無理やりですわ。

こうやって見るとネガカラーの発色も結構え~やん。
ポジと比べて暖かい色やし、非現実的でおもろいなぁー。
なんて、そうやって思うほど行方不明の1本が悔やまれるのぅ~... ヮレ!!


One Love!! ...そう、ひとつの愛!!

争いや憎しみが多い世の中、世界中が平和になります様に。(願
僕と空飛ぶペンギンと相方でした。


♪♪♪
Kiss Of Life / Sade

Wednesday, January 24, 2007

お久しぶりデ~ス。










去年の末から年明けにかけてプロバイダーを変え様としたのだけれど、何やかんやありまして、最近やっとネットが使える様になりました。

っで、今年初のブログアップです。

今年は新年を北海道の札幌で迎えるという、なんとも粋な始まりでした。
上の写真はその時、携帯のカメラで撮ったものです。

久しぶりの飛行機。
眼下の雲海を観た時は感動でしたが、やはり嫌いな乗り物。
ちょっとした揺れでもナーバスになっておりました。
しかし、そんな僕をよそに、横を見ればグ~グ~と寝ている相方...。


僕達が札幌に滞在していた時は、約10年ぶりの暖冬だと現地のタクシーの運ちゃんが云ってたけど、大阪に比べたらやっぱり寒い。
その中、日本で一番有名であろう〝旭山どうぶつえん〟に行ったのは良かったのだけれど、めっちゃ人が多くてビックリ。
ちっちゃい動物園にぎゅうぎゅう詰め、それでも何とか写真は撮ったのでフィルムが現像出来次第、1枚ぐらいはアップしたいと思っております。

...がっ!! 既にフィルム1本が行方不明...(汗
3本の中の1本です。

どうしよう... 思いでいっぱいが...。


話しは変わるのですが、どうやら "Blogger" がベータ版からヴァージョンアップしたみたいなので、それに肖り、この〝遊霊邸〟も脱ベータと相成りました。

使いやすくなったと聞いてはいますが、四苦八苦しながらテンプレートいじってます。
何と無くだけど、便利になったぶん不自由になったんとちゃうかなぁ~。
アクセス分析ツールの〝シノビ〟をテンプレートに忍ばす事も出来なくなってしまったし。
だからと云って、サイトバーに堂々と貼り付けるのもなぁ~...。

それにアドレスが微妙に変わったので、リンク貼ってくれてる人はどうなるんだろうか..??
リンクうまいこと飛ばんのとちゃうの!?
...ブロガーの脱ベータもどうなん??

まぁ、何はともあれ "Joe Cool" 好きの僕としましては、この新しいテンプレートで始めてみましょうか。



それでは〝遊霊邸〟をご観覧の皆様。
遅れ馳せながら、今年も宜しくお願い致します。




今、流している曲
You've Got Mail / Zapp

Monday, October 16, 2006

the Republic of Bolivia




ボリビアの風景


ボリビア...


その名前を聞いただけで行きたいと思った。

死ぬ前に一度は訪れたい国...

Monday, September 25, 2006

愛すべき江戸のアニキ


Photobucket - Video and Image Hosting
Photobucket - Video and Image Hosting
アニキとカール in ルンビニ



「天涯孤独」

正にその言葉が当てはまる江戸のアニキとの出逢いは、ネパールからインドのボーダーを越えるために立ち寄ろうとしていた仏陀の生誕地〝ルンビニ〟へ向かうバスだった。
不思議とその時、僕達2人しか日本人は居ていない様に思えたのに、そのバスにアニキは同乗していた。

日本人同士が旅先で出逢い、仲間になってつるみ行動する様が大嫌いだった。
だからいつも僕は気の知れる相方1人か、もしくは単独で行動をしていた。

だけど不思議な事にこの時、アニキに加えヒッピーな英国紳士のカールと4人で聖地〝ルンビニ〟からインドのボーダーを越へるなんて、今思っても何かの因果だった様にしか思えない。
それ程、凸凹な4人がルンビニの夕刻のバス停に同時に降り立ったのは、何かの間違いだった様に感じる。
ふと周りを見てもインド人、もしくはネパール人で無い感じの風貌をしたのは僕達4人だけ。
自然と宿の在るメイン・ストリートへ向かっていた。

またどこへお前は行きたいかと問われたら、間違いなく〝ルンビニ〟答えるだろう。
それぐらい6年前のルンビニは何も無く、平和でしつこくない村だった。

この時、宿は3件のみ。
笑えるのは、3件も在るのだから別の宿に行けば良いのに、アニキとカールは僕達と同じ宿の裏庭のテントにシェアをして泊まっていた事。
いいおっさん同士がさっき出逢ったのに一緒に1つのテント暮らし...
英語ダメなアニキ、ニホンゴ駄目なカール。
何で一緒に寝たの??
他にも宿在ったじゃん??

うそうそ冗談。
テントしか無いって云われて、
「2人で泊まれば安く上がるし、シェアもエーやん」
なんてけし掛けたのは、俺やったっけ??

本音を云えば、何か楽しそうな事が起きるようなそんな感じだったので、あの時一緒に朝晩を共に出来たのはホントに良い想い出になっている。
朝起きてボンして、昼どこかの畑でボンして、夜は飯食ってボンして、寝る前に又4人でボンして...

hey!! おにー... 
最高に楽しかったよね~。
また行こうや!! 4人が居た〝聖地ルンビニ〟へ。


そんな愛すべき江戸のアニキと、英国紳士のカールにこの曲を贈ります。

今、流している曲
A Good Man Is Hard To Find / Tom Waits


つづく...

Wednesday, August 23, 2006

on a street #002





guru-ji & me / banaras, in india


ネパールのポカラで、感動の蛇遣いとの出逢いの後、僕たちは再びインドのバラナシにいた。

ここバラナシには知った顔がいる... いわば、少しぐらいの我がままを云っても何とかしてくれる心優しき味方のいるところ。
なので、味方の一人でもあるシヴァさんに...
ュゥ 「コブラフルートが... ほじぃぃ~ヨォー。」
と、云ったら...
「街に行ったら、いっぱい笛を担いだ人が居るでしょ?? その人から買えば??」
と、シヴァさん...
ュゥ 「あれはプロ仕様とちゃうやん!! ただの土産物やん!!! そんなんじゃなくてさぁ~、ホンマもんが持ってるカッチョ好いヤツが... ほじぃぃ~ヨォー。」
シヴァさん 「...。」

又、こいつは訳のわからんもんを... といった眼で僕を凝視している。

ュゥ 「カッチョイイ... コブラフルート...。」(弱気
シヴァさん 「分かりました。今から私の知っている楽器屋さんに行きましょう!!」
ュゥ 「エッ!! マジっすか!? 今からスッか??」
シヴァさん 「有るかどうかは、分かりませんよ。」
ュゥ 「うぅ~ん、滅相も無い。そんなんどうでもエーから、はよいこーや。」
という事で、一同は楽器屋さんへと相成った。

楽器屋さんでシヴァが店の人に尋ねてくれているのを横目に、タブラを観たり、シタールを観たり...
ちっちゃな、よくある裏筋のバラナシらしい店構えだった。
そしたら、今ここでオーストラリア人がコブラフルートを、ある先生に習っているという朗報が...
その偶然には、シヴァもビックリしていた。
インド人もビックリとは正にこの事... といっても僕たち二人の旅の道中、こんな偶然があるんか??
と想わせる出来事は、度々訪れていた。まぁ、そんな話しもこれから...

それで、オージーの彼が来る日に出直して来いと云われ、それから二日後ぐらいにまた楽器屋さんへ。
そこには白人と、インド人の老人が座って居た。すぐにシヴァが老人に話しかだした。
会った時にこの人が先生だとわかったが、肝心のコブラフルートは白人の男の子が持っており、先生は横笛を奏でていた。
話を聴くと、どうやらオーストラリアの彼も、ここバラナシでコブラフルートを探し求めたらしい。
そしたらこの先生を紹介され、先生の所有していた唯一出来の良いコブラフルートを譲り受けた為、先生は横笛で教えているとシヴァが通訳してくれた。
なんともインドらしい笑える話しだが、問題は僕のは?? ...って事だった。
すると、どんなのが欲しいのかと聴かれたので、即答で...
「これより、すごいヤツ!!」
と云ったら、
「わかった、わかった。作ってやるから待っとけ!!」
と云われ、そこから値段交渉。
最終的に、オーストラリアの彼のより良いヤツで、彼の買値の半分という話しで落ち着いた。
ついでにプライベートレッスンをしてくれと頼み、一回幾らだの、足代はコレだけ欲しいだの、交渉は続いた。

シヴァのお蔭で全てがスムーズにいったのだが、レッスンをぶち壊しにされてしまったオーストラリアの彼は怒っていた。
そりゃそうだわ... 突然インド人と日本人が押しかけて来て、チャイをすすりながら自分の持っている楽器を指さされ、訳の解らん言葉で話しが進んで行き、自分はないがしろにされたのだから怒るのも無理はない。
シヴァが謝った時、多分何か英語でイヤミを云われた様な感じだったので、僕の出来ない英語で、
「ゴメンね、彼は悪くないんだ。」
と云ったら、
「もう、いいよ。」
と、分かってはくれたみたいだった。

この時、先生がコイツの吹いている姿を見ろ!! と云い、少し吹かせた時、彼は循環呼吸をしていた。
そう、イダキよりも前に、僕は循環呼吸を必要とする楽器に出遭っていた事になるのだが...

それから数日後、プライベートレッスンの日、先生は新しいコブラフルートを持って僕の宿まで来てくた。
そして、新しいコブラフルートを見てビックリ!!

めっちゃ、デカッ!! & パーツ、よせ集めやん的出来ばえ

これには参ったが、先生の顔を見ると...
どーだ!! いいだろう!!! と云わんばかりの...
じゃなくて、こんなんで上等やろぅ?? みたいな顔をしていたから... 
まっ、いっかー、無理して作らしたしなぁ... ここでゴネたらシヴァも迷惑やろうし... と思い、無理やり納得。

そんでもってその日から、バラナシ広しと言えど、一人しか居ないと言われる貴重な先生のレッスンは始まったのでした。
ガンジス河を眼下に見渡せる屋上でよくレッスンしました。
先生はよく、
「1日、20時間練習しろ!!」
と仰っておりました。
英語が全く駄目な御方だったので、何かの間違いだと思いますが、はっきり云って無理です。
タバコは身体に良くないと云いながら、僕のタバコを美味しそうに吸っておられました。
気を使ってレストランのチャイを出せば、マズいといわれる始末。

それでも、先生がコブラフルートを吹くと、テラスで寛いでいた外人さん達からの熱い拍手!!
すごい御方に出逢ったもんだぁ...

guru-ji play cobraflute(been)








Quicktime Player required. Get it here!!

Monday, August 14, 2006

on a street



in nepal


ディジュを始める事になった、最大の要因...
それは、上の写真で吹いている楽器〝ビーン〟(コブラフルート)をインド(バラナシ)で購入したのがきっかけだった。

ず~っとインドで蛇遣いに逢いたいと思っていたのに、中々その機会は訪れなかった。
この様な大道芸人によく遭遇するヤツもいたが、面白いもので、コチラが一方的に恋い焦がれると、
「さっきまで居たのに...」
...とか、
「昨日ここでやってたよ...」 
...みたいな感じのニアミスばかり。

そして、ネパールの... 確か、ポカラだったと思うが、突然その時がやってきた。

なにげに道を歩いていたら、目の前に笛吹く男とキングコブラが...
予想もしていなかったのでビックリしたが、ダッシュで近づいて写真をパチパチ、後でやり取りが面倒になるのは判っていたが、そんな事はお構い無しだった。

それから僕の質問タイム。
ュゥ 「おっちゃん、どこから来たん??」
蛇おっちゃん 「インド。」
ュゥ 「.....。」

なんで、ネパールで逢うねん...。(心の声 

ュゥ 「コブラはん、何匹おるん??」 
蛇おっちゃん 「全部で5匹。」
ュゥ 「へぇ~、5匹もおるんやー。エエもん観れたわ...っで、なんぼ??」
蛇おっちゃん 「500ルピー。」
ュゥ 「はぁ!??」
蛇おっちゃん 「だって写真撮ってたやん、...だから、500ルピー。」

予想どうりだったが少し困り果て、彼女の方へ目をやると、ホレみた事かと冷たい視線で僕を見ている。
後ろで観ていたネパール人らしきカップルは、僕らのやり取りを聴き、お金を払わず何処かへ行ってしまうし...

本来、大道芸人に金額を決めさせること自体がオカシな話しなんだが、それは、僕の優しさというか... 
せめてもの気持ちというか... 
しか~しっ!! さすがインド人。そんな気持ちは一切通じづ、普通にフッかけてきた。

ュゥ 「高くて払えません。」
蛇おっちゃん 「じゃー、300ルピー」
ュゥ 「むっ... 無理ッス。あの~ぅ...100ルピーでどうスッか??」
蛇おっちゃん 「エーッ!! 100ですか?? そんなんじゃ家の嫁はんや子供に飯も食わされへん!! それに、うちにはヤギもおるしな。そいつのエサ代も要るし、このコブラはんにも美味しい生卵くわしたらなアカンし...○×%U&”?>」

話しがややこしくなって来たので、ポケットに入っていたお金(70ルピー)を出し、
ュゥ 「ゴメン!! 今コレしかないねん!!」
蛇おっちゃん 「...?? だから..○×&%$#」
ュゥ 「おっちゃん、アリガトー!! ナマステー!!!」
蛇おっちゃんとコブラ 「.......。」


感動の蛇遣いとの出逢い in ネパール ...でした。

Friday, June 02, 2006

悪友、再会。 -其ノ三 完-


小さい町なので、又すぐにバザールでジャパニーに会った。
...いつもの口調で話かけてくる。
「スミマセン、チャイ ノミマスカ?」
いつもなら見知らぬ人から飲み物や食べ物を頂くのは丁重にお断わりだが、(なぜなら、睡眠薬入などで物を取られたり、最悪は命の時がある。)
ビジャイさんからジャパニーの話も聞いているし、顔を見ても〝ワル〟ではなかったのでお言葉にあまえ頂いた。

その時だろうか??
僕の母に会っただの、弟を知っているだの、妹とはよくヒンディーで話しただのと彼が語ったのは...。

確かにオフクロは僕達3人がインドへ渡った2年程前、娘と息子(妹と弟)を連れインドに来ていた。
約9ヶ月という期間のうち、最も長い間滞在していたのはここラジギールだった。
ジャパニーはその時に私たち家族の事を知ったみたいで、特に一番ヒンディーを流暢に話す妹とはよく話をしたみたいだった。
話しの内容もつじつまが合っていたし、人を疑うのにもそろそろギヴアップ気味だったせいか、チャイを呑みながら仕様もない話しをし、二人で笑ったのを憶えている。

時折、話しの途中でビジネスがはいる。
「ナニカイルモノ、アリマスカ??」
「いるもの?? ないなぁ~。」
「ナニカ イルモノアッタラ ユッテクダサイネー。」
「だから!! ないって...」
「...ワカリマシタ、スミマシェンネ。」
...こんな感じ。(笑

そう...
この時の旅ではチャイ飲み友達ていどの付き合いだったが、つぎ彼女と訪れた時は酒飲み友達になって、一人ラジギールに1ヶ月ほど滞在したときは、僕達ファミリーの事をよく知る良き理解者で、インド人の親友となるなんて考えてもみなかった。

このジャパニーが、僕のラジギール生活の中での〝キーマン〟で、シッダルタホテルの連中がヤキモチをやく位いつも一緒にいたのだ。
彼が居なければ、最下級の人達と仲良くする事も出来なかったろうし、見知らぬ人の結婚式に呼ばれる事も無かっただろう。(その話は後日)
一辺道りのツーリストと見られず、ココが好きで滞在し、インド人化していると近所の人達に思われ、地に根付いた生活を送れたのもジャパニーが居たからだった。
お蔭でいい写真もいっぱい撮れたし...

ホテルの門番のオッチャンなんかは、毎日僕の顔を見るやいなや、
「ジャパニー、ヒンドゥースタニー!!」(日本人だけどインド人!!)
とサングラスをしたまま、安いプラスティックのイスに踏ん反り返って、偉そうに云ってくる。

このオッチャン、ビジャイさんが来た時なんかは直ぐにイスから立ち上がり、ずっと立って門番してました的パフォーマンスし、あたかもゲストとは口なんか聴いてませんみたいな態度をするが、ボスが居ない時はいつもこうだった。
そんな光景を見ているので滑稽(こっけい)で笑いそうになるが、
「ダンネバード!! ダンネバード!!!」(ありがとう、ありがとう!!)
と合掌してやり過ごす。
憎めない、アジのあるオッチャンだった。

マネージャーのサンジャイとは歳は余り変らないが、僕よりオトナだったので何も云わず面倒を見ていてくれたが、その下にいる〝ラッタン〟はその時はまだ子供で、僕のことを兄貴と呼び慕ってくれていただけに、ジャパニーが僕の宿まで夕方やって来たら、
「今晩もジャパニーとお酒ですか~??」
なんて、イヤミな憎たらしい云い方をしてきた事もあったが...

いまじゃ、この二人もジャパニーも結婚を済ませ、子供までいる次第。
全然変らない僕は、そんなニュースを聞き、時の流れを感じている。


あれから、10年... はやいなぁ~...


そういばビジャイさん、ラジギールで結婚しろって云ってたなぁ...
インド人の嫁はんとゆかいな仲間たち......in ラジ・ギール。 

....マンガやん!!! ( ̄□ ̄;)!!


今、流している曲
祈り / Vions

ラジ・ギールのみなさんに愛をこめて...

Monday, May 08, 2006

悪友、再会。 -其ノニ-

ミルク売りの少年は良いお客さんを捕まえたのだろう、毎朝ゴキゲンで定時にやって来る。
子供は慣れるのが早い、僕が日本人だから余計に若くみえ親近感がわいたのか、3回目ぐらいのモーニングコールは「ナマステ!! ブラザー」だった。
こっちもこっちで、インド人のガキにナメられるのもしゃくに触るので「ナマステ!! バッチャー(子供)」といい返す。

滞在期間中こない日が1・2度あったがその時は心配になり、なんかあったんちゃうか?? ...なんて思う始末。(笑
でも次の日に、お前は俺の客だからちゃんと来てやったぜ... みたいな顔をして現れる。
ムカつくけど、コイツがいないと朝のチャイがブラックティーになるしなぁ~... ガマン、ガマン。
どっちが上か下なのか... 持ちつ持たれつとはこういう事だと理解する。


朝そんな事をしているさなか、町の小さなバザールで買い物をしていたら、後ろから一人のインド人が声をかけてきた。

「アナタ~、ドコカラキマシタカ~??」

風貌で日本人と直ぐに分かったのか??
ここで無視をかませば一見お洒落なチベタンか、チャイニーズぐらいに思ってくれるだろうが、悔しいかな振り向いてしまったので日本人とチョンばれ。
それに、振り向いてそこに居たのは背のちっちゃい、子供がヒゲを生やした様なチンチクリンなインド人だった。
なんじゃコイツ~... と思い、無視したら次は
「ナニ、サガシテマスカ~??」
と聞いてくる。うっとおしいので愛想なしで
「べつに何も探してへん。」
と云うと、今度は
「ドコ、トマッテマスカ~??」
...と、シツモン3連発。

「そんなん聞いて、お前どないすんねん!?」
と云いそうになったが、ちょっと待てよと考えた。
今、お世話になっているビジャイさんはここいらではボス的存在... 
俺達はその人のスペシャルゲストやから、宿の名前出したらコイツはひいてどっかいくやろ... と思い。
「シッダルタ」
と答えたら
「ナマエハ、ナンデスカ~??」
...? 
4回目のシツモンがとんできた。ちょっと“イラッ”ときたので
「お前の名前はなんなの??」
と少しキツく聞いたら、そのインド人はこう答えた。
「ジャパニー・クマールデス」
「...ジャパニー・クマール??」
「ハイ、ソウデス」
「自分それネタやろ?? ジャパニーって日本人かいや? もうエーって、ほんまはなんなん?? ニックネームじゃなくてさー!!」
「ニックネームジャナイデス、ホントノナマエデス」
「ハァー!!(笑) わかったわかったジャパニー、楽しかったわ、ありがとう!!」

まだ少ししゃべり足り無そうな彼を置いて、僕は宿に帰った。

早速、親父に報告をすると
「そんなヤツおったかな~??」
ぐらいの返事だった。
元来〝ニホンゴ〟で寄って来られるのが嫌いな人だから、素ムシをかまし記憶に無いのだろう。 
まぁ、ウソでもネタでも面白かったので笑えたが...

それから少ししてビジャイさんがやって来たので、さっきこんな人と会ったという話になった
「Oh, ジャパニーにアイマシタカ??」
「ジイ、バザールで会いました。ビジャイさん、彼の名前はホントにジャパニー??」 
「ハイ、ソウデス。アノヒトサンノ、ホントノナマエデス。アノヒトサン、ウマレタトキ、カオガニホンジンミタイデシタ。ホントニ、ホントニ、ニホンジンミタイデシタ。ダカラ、オカーサン、カンガエテカンガエテ、ナマエツケマシタ。」
「ジャパニーって??」
「YES, ソウデス、ジャパニーデス。コレ、ホントノナマエ。」

...!?

名前がウソとかネタじゃなくて、事実がネタやん...

「そんなんで名前決められんの?? たまらんな~... そう思えへん、兄ちゃん??」
「んっ!? へぇ~、そんなヤツおんの~??」
...あまり興味なさげな、いとこの兄貴の返答でした。


ジャパニーと出逢った、10年前の1月の話。

つづく...

Sunday, May 07, 2006

悪友、再会。(インドの話)



ジャパニー・クマール / 関西国際空港にて


つかの間の再会だった...

「ゴメンナサイネ、オニイサン、コンカイハイケルトオモッタデスケド、イケマシェンデシタ...」
「いいよ、気にしてないから。コイバートナヒンハイ、ジャパニー...」
「ティークハイ、...ソレジャ、マタネ。」
印度から日本に来ると云って、来なかったには去年の話。

じゃ、来ないのならコチラから行けばいい... 
と思い、3月頃インドへ旅立とうと思ったのだが、結局今年も辿り着く事はできなかった。

自業自得なんだが、行けなかった事に落胆していた頃 〝ラジ・ギール〟 から又電話があった。
ジャパニーからだった。
「4ガツニワタシ、ニホンヘイキマス。」
相変わらず、流暢な〝ニホンゴ〟で話しかけてくる。
「サマスタイ、ジャパニー... 待ってるよ。」


彼と逢ったのは、もう10年も前の話。
その時の僕は旅なれていなかったし、一緒に同行していた親父は
「ニホンゴを話して寄って来るインド人が一番あやしい。」
などと云っていたから、とりあえずニホンゴで寄って来る連中を毛嫌いしていた。

この時の旅では幾度と無く憤慨し、印度人と言い合いになった事も多々あった。
旅のベテランの親父は、この時の俺をどう観ていたのだろう??
親父の場合、日本人だからと寄って来る印度人には素ムシをし、ただ去って行くのを待っていたが、いかんせん若かった僕は常に敵意むきだしで、〝日本人をナメるな!!〟とばかりに
「うるさいねん!!」
「お前、しつこいなぁ~。どっかいけやっ!!」
など、毎日一人や二人にはイラだち怒っていた。

そんな道中にも嫌気がさしかけた頃、色んな理由があって 〝ビハール州〟 の小さな町 〝ラジ・ギール〟 へ行く事になった。
この時、一生のお付き合いになるであろう二人のインド人に逢うなんて、微塵(みじん)にも思ってもいなかった。

バナラシから寝台列車で半日揺られ、目的地に到着。
静かな所だった。線路には牛がたむろし、我がもの顔で草を食べ寝ている。
後で聞いた話だが、インドには野良犬ならぬ、野良牛がいたり、野良馬なんぞもいると。
その牛達が野良かどうかはしらないが、インドの田舎の風景だった。

直ぐに相乗りの馬車を捕まえ、親父の友達が経営する 〝ホテル・シッダルタ〟 へ。
簡素なスタイルだった... (10年前の話だけれど。)
敷地の真ん中に大きな円形の花壇があり、それを囲む様に個室が10部屋ほど並んでいる。
色はパステル調のピンクかブルー、どちらにせよインドではよく見かける色。
いつでもゲートはオープン、閉めるのは夜眠る前で朝は早くから開けていた。

こちらに来て次の日ぐらいに、朝早く誰かが部屋をノックする。
コンコンコン... コンコンコン...
時計を見れば6時前。 誰だろう?? こんな朝早くに。
親父かいとこの兄貴だと思い、目をこすりながらドアを開ける。
清々しい空気の中に立っていたのは、見知らぬサリーを着た女の人だった。
身ぶり手ぶりで何かを僕に一生懸命いっているが、ヒンディーなので全く解らない。
ふと彼女の足元を見てみると、バケツにミルクが入っている。
...??
んっ?? もしかして、と思った時にホテルのマネージャーの 〝サンジャイ〟 が僕にこう云う。
「ミルクいらないか聞いてるよ。」
...思った通り。
「いらんわ.....っていうか...」
言葉がでてこなかった。

でも、ここら辺りから少し僕に変化があったのだろう。
又、寝床に入ってこう思った。
日本の常識をコチラに持って来ると、どうも自分がヤラれていってる...
俺は試されてるんか??... エッ!! 誰に..??
...なんて。

そして次の日の朝も、同じ時間に誰かがノックする。
まさか?? でも昨日いらんて云ったしなぁ~... と思いながらドアを開けると、そこには少年がバケツを片手に立ち尽くしている。
しかも、大きな二重の目でじっと俺を見ながら。
遠目のサンジャイに目をやると、インド人特有の首をふる仕草を僕にする。
その時何かがフッ切れ、おかしくなって笑ってしまった。
少年はなんで..?? ってな顔をしている。
正しくその顔は昨日までの自分だったろう、そう思うと面白さも2倍だった。

「サンジャイ!! 今からチャイ作って。 ガラムチャイ、ディジエ!!」

サンジャイは遠目で僕に首をふる。OKのサイン。
皆の分までミルクを買い、そのミルクで仕上がったチャイを片手に、今度は僕が寝ている親父といとこの兄貴の部屋をノックした。(笑

肌寒いラジ・ギールの朝、中庭で飲む熱いチャイは格別に美味しかった。
少年に感謝した、10年前の1月のお話。

つづく...


今流している曲
Man Dole Mera Tan Dole (Nagin) / Lata Mangeshkar

僕が世界で一番好きな大道芸人、コブラ使いのテーマ曲。

久しぶりにリンク追加

Salon de Milana Grasp indriya サイドバーにリンクを追加しました。 古都、京都の四条大宮にてインド式アーユルヴェーダ・サロンを運営しております。 サロン・ド・ミラナ -Salon de Milana- オーナーのセンスあふれるアクセサリーと雑貨を、神戸...